Profile

〜略歴〜

・1992年和歌山にて誕生

・小学校卒業と同時に東京へお引越し

・東京の受験戦争の波に乗っかり、それなりに勉強に励む。

・中央大学 経済学部卒 (在学中 タイにて交換留学)

・新卒で食品メーカーに入社、3年間営業として勤務

・2019年1次隊 青年海外協力隊員としてカメルーンへ

青年海外協力隊を志した経緯

それは学生時代にカンボジアで海外ボランティアに携わり、広義の意味での「国際協力」に触れたところから始まりました。
当時私の周りでは、海外に行ったり、海外ボランティアに参加したりすると「価値観変わりました!!」的な言葉をSNSを通じて発するのが横行しておりまして、私はそれを完全に冷めて見ていました笑

しかし、ある日親しい先輩から

このまま学生生活終わっていいの?
何かやりたいこととかないの?俺はこの前カンボジア行ったんだけどすごい良かったよ。

卒業が近づくにつれこのままではいけないなと悶々とした気持ちを抱えながら学生生活を送っていた私には、この言葉がめちゃくちゃ胸に刺さりました。そして、このままだとダメだ!!自分を変えたい!!という気持ちがあふれた末に即答で

そこ僕もいってきます!!

気づいたら1月後にはカンボジアに到着していました。多感な時期ということもあり、子供達と触れ合う中で沢山のことを感じ、学びを得た私は帰ってくるなり先輩を呼び出し、こう伝えました。

価値観変わりまくりました!!笑

いや〜、自分でも驚きを隠せませんでした(笑)。分かりやすいくらいに自分の人生観や考え方が変わったんです。

「機会の不平等」を中でも強く感じました。生まれた国、環境が違うだけで、こうも違うのかと。大学まで、当たりの前のように進学してきた私。はたまた現地では僕と同じ年の人間がまだ小学校で文字を書く練習をしていたりする。恵まれてるなと感じると同時に何もできない自分の不甲斐なさを痛感しました。

そして、将来はそんなたくさんの発見や学びを頂いた国際協力に関わる仕事をしてみたいなーと考えていました。そんな時おもむろに「国際協力×仕事」で検索し出てきたのが「青年海外協力隊」でした。今の僕には到底手が届かないかもしれない。でもいつか、挑戦したい。そんな気持ちを抱え社会人の道を選びました。まずは3年社会人をやってみて、ここで国際協力への想いが薄れてしまうのであればそれまで。そんな中途半端な気持ちなら、辞めたほうがいい。しかし、挑戦してみたい気持ちが年々増え、勢いで申し込んだと思えば今に至ります。

当ブログの目的

①青年海外協力隊員としての活動・現地の情報発信

ブログなんて書く意味あんの?
ただの自己満やん。

正直こんな感じに斜に構えて考えていた私でしたが、「何もしてないし、できてないお前が何を偉そうに言ってんだよ」という最近思うようになりまして、「じゃあやってやるよ」と自分が自分に宣誓する形でブログを開設するに至りました。
 情報を発信するって意外と難しい。発信する前にはまず自分がアンテナを張って情報を取りに行かなきゃいけないし、また発信するからには自分なりの意見や考えも反映させたい。「ブログを書く」過程を通じて、現地での活動のヒントが僕自身も得られるんじゃないかとそう思っています。

②自分自身の備忘録

たくさんの諸先輩方からご指導頂く機会をもらってきたんですが、皆様口を揃えておっしゃること。

活動の記録を取りなさい!!

そんな先輩方の教えを忠実に守って行くにはどうすればいいか。そう試行錯誤した末にたどり着いた答えが「ブログを書く」でした。写真でも文章でも残せるブログという形で活動記録を取ろう。誰かが見てるっていうプレッシャーがあればなおさら継続的にできるはず。。。

 また、この2年間は生涯忘れない経験になることを現段階で確信しております。(もちろん自分次第ですが)
帰国後に、、、「こんなことあったな〜。」
おっさんになってから「自分の原点はここだったんだ」
そんな振り返りができるような備忘録としてもブログを綴っていきたいな思います。

③想いを言葉にする鍛錬の場としての活用

自分の想いや考えを言葉にするってとても難しいことです。協力隊派遣前の訓練中、周りの友人達が難なくこれをやってのける姿を見て心の底からすごいなーと思ったもんです。でもみんな最初からできたわけじゃない。まずはアウトプットの場数を増やして、自分もそんな人間に近づいていきたいなと思います。

大学のセンター試験で
【現代文】30点/100点
を叩き出して以来、私は「国語≒日本語が苦手」というレッテルを自分自身に貼り続けてきましたが、これを機に払拭してやります!!

自分のペースで頑張っていこうと思います。温かい目で見守って頂けますと幸いです。